弘前滞在(1日め)

飛行機の窓から見える青森の町の家並みの屋根は、瓦を使っているものがほとんどなくて、青や赤の金属板で葺いているのがとてもあざやかに目に映る。そういえば高校生のころ初めてひとりで大阪にやってきたとき、近鉄特急から見える鶴橋あたりの黒い瓦屋根の連なる町並みに、なんだか大阪ってのは薄汚い町だなと思ったっけ。日本全国どこに行ってもおなじような風景しか見られない時代とはいうけれど、ひとびとが営む暮らしの積み重ねは、そんなちいさなところに微かに形跡を残す。

空港から1時間ほどバスに揺られると弘前の町に着く。ホテルに荷物を預けて、ちょうど昼ごろになっていたので調べてあった近くの寿司屋へ。弘前の寿司屋には海鮮素材を使った太巻を名物にしている店が多いようだけど、この常ずしという店の太巻はそのなかでも一、二を争う人気らしい。すごい太さで味もボリュームも大満足の逸品でした。

ぶらぶら歩きながらこぎん研究所へ向かう。きちんとした地図を持っていなかったので、わりと当てずっぽうに歩きはじめたのだけれど、偶然行きたいと思っていた「うちわ餅」というお菓子を売る店にも寄れたりしながら、首尾よく到着することができた。前川國男の最初期の建築物というだけあって傷みが思っていたより激しい。だけどコンパクトに近代建築の要素を兼ね備えたこの建物が、風雪の激しい北の町で何十年にもわたって存続しつづけていることがとても愛おしい。研究所のなかでこぎん刺しの製作作業についてお話を聞かせてもらう。静かに微笑みながらびっくりするようなスピードで針を運ぶ小母さん、すげー!

外に出るといつの間にか雪模様。くじけず、みかみ工芸というあけび蔓の細工物を売っている店へ。妻があけび蔓の籠を物色しているあいだ、僕は山ぶどうの蔓で編んだ籠について店の小母さんに話を聞いていた。小母さんはご主人が何年も使っているという山ぶどうの籠を見せてくれたんだけど、これの艶の出方がとにかく素晴らしい。僕もすっかりひとつ欲しくなってしまったんだけどね、ちょっと旅先で衝動買いできる値段ではなかったのでした……。一生ものどころか孫の代まで使って真価がわかるということだし、話を聞くとそれくらいの値段がするのは納得なんだけど。いろいろお話をありがとうございました。そして妻はあけび蔓の籠をひとつ購入して、あけび細工のりんご型の鈴、本物のりんごまでおまけにつけてもらっていた。

雪の中を弘前市役所、弘前市民会館、弘前博物館を見物。博物館は内部に入れなかったし、市民会館がいちばんきれいな状態で使用されてるみたいでおすすめ。

ホテルに戻って夕食を食べに行く途中、紀伊國屋書店に寄って地元出版物の棚を眺める。それほど興味を惹かれるものはなかったけど、記念に木山捷平の「玉川心中」(津軽書房)を購入。タイトルを見れば推測できるとおり、太宰治との交友にまつわる文章を集めた1冊で弘前のことも少しだけ出てくる。駅前の津軽三味線のライブハウス、山唄で夕食。

ホテルに戻って妻といろいろ今日のできごとについて話したあと、「玉川心中」を読みはじめる。旅先の宿での読書は、なぜこんなに気持ちがいいんだろう?