すき家にて

いま僕はもうれつに感動していますよ。
日付けが変わってから会社を出て、新御堂をスクーターで南に向かってすぐ、淀川を渡るころに雨が降ってきたのでした。ちぇっ本降りにならないといいけど、なんて願いも空しく梅田新道で降りるころには結構なざあざあ降りに。今日は妻が勤め先の歓迎会なので、僕も外で食事済ませてくると伝えてたっけ。時間も遅いし、豚丼でも食べようと家の近所のすき屋へ向かう。
スクーターを停めて、スーツがけっこう濡れてしまってるけど雨粒を振り払うのもめんどくさくて、そのまますき家に入った。カウンターに座った僕に注文を取りにきた兄ちゃん、無表情に小声で「いらっしゃいませ」の後にぼそぼそ何かを言って、ピンク色の厚紙のようなものを差し出す。差し出されたのが新品のダスターで、どうやら「よかったら濡れた服拭いてください」という意味のことを喋ったらしいと気づくのには少し時間がかかった。えーちょっと待って! ここは単なる牛丼チェーンのすき家で、たぶん兄ちゃんはバイトなんだよね? そのシチュエーションで何その溢れるホスピタリティ?!
いくらなんでも接客マニュアルに「雨の日に濡れた客がやってきたら……」なんて項目があるわけもない。そもそも服を拭くのにダスターを出すなんて客によっては失礼と取る人もいるだろうし、そんなリスクをチェーン本部が犯すとは考えられない。兄ちゃん個人の親切と機転の表れなんだろう。差し出されたダスターは濡らさないとかちかちの厚紙のようになっている種類のもので、実際のとこは濡れたスーツを拭くにはあまり使い勝手はよくなかった。でもその“うまくいかなさ”みたいなもののせいで、兄ちゃんの親切はよけいに心に染みた。
これまでも20代後半くらいの彼が店番をしているときに店に来たことはあったのです。どうやら深夜は1人で店を回しているらしくて、その真面目な仕事ぶりに好印象はもっていたけど、正直をいえばその無表情さと少しぎこちない喋り方のせいで、(クラスにいたらイジられて大変なタイプだったろうなあ……)と思っていたりもしたのだ。でもまあこのバイトは向いてるみたいだしよかったね!などと、今考えると顔から火が出そうな、なんか高みに立ったような勘違いをしていた。僕が仕事をしてるとき、こんなふうに自然に相手を思いやることができてるかなんてまったく自信ないですよ……とほほ。
でもとりあえず、うれしかったので代金を払うときに改めてきちんとお礼をいった! そしたら兄ちゃんは変わらず無表情なままで、あ、はい、とまったく冴えない返事をして、でもよく見るとすこしだけ目が笑ってるような気もしたよ。