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土・日・月と三人で

妻の実家をおとずれて、三人暮らしの練習をしてきた。妻が「わたしおかあさんですから……」というような顔で自然におっぱいをあげているのに焦る。せめてこれくらいはと、おむつを替えたり、風呂に入れたりはしてみたものの、どうもまだ手許がおぼつかない。でもお尻がきれいになったり、お湯につかったりすると、部長が「ふむ……」と、とてもいい表情をするのでおもしろい。おもしろいし、かわいいので、すぐ抱っこしてしまうのだけど、甘やかしすぎだろうか。夜中も2〜3回しか泣かないので、おとなしいいい子だねと思っていたら、部長いつもはもっとぐずったりするじゃん!と妻は非難していた。
そうそう、いや出産のときはいろいろお世話になりまして……と、妻がセントジェームスのバスクシャツをくれた。えー、お世話もなにもいちばんたいへんだったん自分じゃん! でもありがとう、と喜んで受け取っていると、妻がひわいな笑顔を浮かべて、もうひとまわりちっちゃいサイズと、すごくちっちゃいサイズの色違いのバスクシャツを出してきた。親子ペアルックである。わしら二人のときはペアルックなんてする気もなかったのに……。赤ん坊の存在はここまで人を愚かにさせるといえよう。もちろん僕も喜んで着る。毒を食らわば皿まで(毒?)。
おなじ部屋で布団を並べて三人で寝ていたら、久隅守景の「納涼図屏風(夕顔棚納涼図 )」を思い出した。江戸期の日本画は、意匠の面では同時代の世界の絵画とくらべてもぶっとんでナンバーワンだと思うし、浮世絵を中心に生活の息吹だって十分に表現されていると思うけれど、何の予備知識もなしに心にしんと響くようなポエジーを兼ねそなえたものとなると多くないというのが、僕の率直な印象である。この「納涼図屏風」は、このうえなくミニマムな現世の幸せが描かれていて、その数すくない例外といえる。こんなふうに生きていけたら!