台所

妻が瓦町のNAVY'sという佐世保バーガーの店で買ってきてくれた、ビッグ・スペシャル・バーガー。これ1個でおなかいっぱいです……。
酷暑に気圧されて(大阪市内で38.1℃!)、夕方まで家の中で過ごす。台所の収納部分を見直そうということで、妻と戸棚のなかをごそごそ整理。使わなくなった食器を吊り戸棚の奥のほうにしまいこんで、新しく買うとしたらどんな器がほしいかなあと想像をめぐらせたりする。

君子は厨房に入らずと。
しかし私は好きだ
この部屋が
まるで自分の書斎のやうに。
黒く古びた手籠には
キャベツ、しめじ、はうれん草
そして、玉ネギの芽が少し伸びてゐるのもほほゑましい……
あらひ桶の中では
南京皿の染付模様が
陽をあびながら揺れてゐる。
棚にならんだ白い瀬戸引の小壺には
SUCRE, SEL, BEURRE の文字があざやかに
さながらフランス本のやうに美しい。
家人の不在にこつそりしのびこみ
私はこの部屋で思索するのが楽しみだ。

こんなかわいらしい詩を書いたのが、奥さんを自殺に追いやった説もある青柳瑞穂というのも皮肉な話なんだけど。
ここに表れている旧来の家庭観とも呼べるものに与するつもりはなくて、ただ、入るのがためらわれる場所が家の中にあるという状況はなんとなく懐かしく感じられるなあと思う。実家のリフォームするまえのうす暗い台所、いつも煙草と線香の煙でけぶっていた祖父と祖母の部屋、ミシンが置かれた母の仕事部屋、鏡台。いま僕が暮らすマンションの一室に、そんなふうな場所はない。台所だってほぼ毎日料理や食器洗いのために使っているし、そもそも部屋と呼べるほど現在の台所は閉ざされた空間にはなっていない。家のなかのどこに行ってもいい、なにをしてもいいっていうのは、大人になってつまらないことのひとつだなあ。