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本屋とレコ屋

2日分前のエントリーですこし触れた、エルマガの「書店カルチャー!?」特集号。について関連するよしなしごと。
エルマガはわりと書店特集が好きなようで、バックナンバー一覧を見ると、これまでに2004年11月号「ずっと通いたい本屋のかたち。」、2003年11月号「本というより書店好き。こんな本屋ですごしたい。」などの特集を組んでいます。で、この一覧を見てて、あれ?と思ったのが、レコ屋は1回しか特集が組まれてないのですね。しかもタワレコのみで1回。
たしかに僕も大阪に暮らすようになってから、レコ屋には行かなくなってしまった。もちろん、フォーエヴァー・レコードやタイム・ボムなんかの名の知れたとこに行ってみたことはあるけど、その後何度か繰り返して行ったのはアルケミー・ミュージック・ストアとタワレコ(特に心斎橋店)くらいだなあ。妻いわく、「心斎橋店のニューミュージックのコーナーがあればべつにほかはいいんだよね」とのことでした。その後あえなく心斎橋店は閉店したわけですが、代わりの音楽に接する場を探そうという気配もなく現在に至るというわけです。
レコ屋、とくに個人経営やそれに近い規模のレコ屋が若者を引き寄せる場所ではなくなってしまったというのは、べつに大阪にかぎった話ではないかもしれない。正確な数字は差し障りがあるので控えるけれど、某書店でのデータを見ると「レコードマップ」の売上部数は10年前にくらべると、なんと3分の1以下まで落ち込んでいます。「レコードマップ」の代用となるツールが別に現れている可能性はあるかもしれないけど、大方これはそのままレコ屋の顧客層の縮小を表していると見てもいいのではないでしょうか。
レコ屋と本屋の立ち位置が逆転してしまったとまで云うのは乱暴かもしれないけど、たとえば、ZESTで働いていたこともある堀部篤史さんが、いまや恵文社一乗寺店の店長になっていることを思えば、まったく無理な見かたというわけでもなさそうな気がします。いまどき、本屋がレコード置くのはふつうだけど、レコ屋は本を置いてなさそうというか……。たぶんレコ屋は総じて求道者の集うところ、いうなれば一昔まえの入りにくい古本屋みたいな方面へ進化しちゃったんですね。あれでは女子+それを追っかける男子はついてこれず、衰退していくのもしかたないかもしれない。
とはいえ、あくまで衰退しているのは場所としてのレコ屋という話であって、ポップミュージックがわかりにくくなっている、CDが売れなくなっている、という俗耳に入りやすい言説とは無関係のつもりですので、念のため。レコ屋の雰囲気に慣れることが大人の階段を昇ることとシンクロしていた時代を知るものとしては、やや寂しかったりもしますけど。