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沖縄のーと・断片的に

道行きはレンタカーを使ったので、沖縄を旅しているという実感は薄かったように思います。家族3人を乗せて沖縄自動車道を走っていると、なんだかちょいと奈良あたりに出かけるような錯覚さえ覚えました。
レンタカーの営業所にはこの夏にモデルチェンジしたばかりのマツダ・デミオがたくさんあって、ほかにはヒュンダイ(車種わからず)も物珍しくていいなと思ってわくわくしてたんですけど、僕たちに用意されたのはホンダ・フィット。おいおい、普通すぎるよ。でも、停車中に車内でおっぱいをあげたり、おむつを替えたりすることが多かったので、あのクラスにしては異様にだだっ広い車内のフィットで正解だったかもしれません。
旅に出る前、実用的なガイドブックを除いては沖縄に関係する本は読まなかったし、ご当地読みもしませんでした。読谷に行くことは決めていたんだし、民藝関連の本でも読み返しておこうかという気もしなくはなかったのですが、やっぱりやめておきました。
僕が読書から学んだことのひとつに、「物語には気をつけろ」という教訓があります。ただし、それは同時に「物語には気をつけろ」という物語に身をまかせる危うさを引き受けることでもあります。
柳宗悦たちが沖縄に見出した物語を批判することには十分意味はあると思うんだけどさー、なんかそれらのことばに魅力を感じないのはなんでだろうね。熱に浮かされたように美について語ること、その熱について考察を加えること。礼儀として後者には、熱に浮かされることを禁じられた悲しみ、ある種の失語を乗りこえたことばを発することが求められるんじゃないだろうか。
面倒な迂回にはもう飽きちゃったってのもわかるけどね、というのは那覇の道路の話で、狭くうねうねしていてアップダウンも多く、とてもわかり辛いんですよね。自動車で浮島通りに迷い込んだら、脱出にえらく時間がかかってしまいました。本当はあのあたり、それから桜坂通りもゆっくり歩いてみたかったけど。
沖縄の鳥のことを調べておかなかったのは迂闊でした。なにもヤンバルクイナを見ようってわけじゃないんだけど、読谷・本部あたりでも聞き覚えのない鳴き声がそこかしこに。ま、本土でも見られる鳥だけど、僕が聴いたことないだけって可能性も高いわけですが。それにしても双眼鏡くらい持っていけばよかったよ。
2回目の沖縄にしていまだビーチに入らず。今回は美ら海水族館の裏手、ウミガメ館の脇から見下ろしたのが海への最接近。前回は久高島の浜辺を歩いたときだけれど、黒っぽいヘンな生き物がうじゃうじゃいて、あまり近寄ろうとは思えませんでした。こいつには美ら海水族館に入館してすぐにあるタッチプールで再会して、正式名をニセクロナマコということを15年経ってようやく知った次第。きもい。
3日めの夜にあてなく入った居酒屋はおいしいわりに客入りがすくなくて、僕たちのほかには地元らしき中年女性の2人連れがいるだけでした。静かな店内にひっそりと流れている音楽にふと耳が止まったのは、ネーネーズの歌う「真夜中のドライバー」がかかったから。ちょっとだけ泣きそうになったのは、ふだんアルコール抜きの体に飲んだオリオンビールのせいということにしておきます。ていうか、疲れが出たのか娘が大泣きをはじめたので、お父さん泣いてる場合じゃなかったんだってば。

真夜中のタクシーに乗った時
三線島唄流れていたら
沖縄生まれかとたずねて欲しい
私の彼かも知れないから
漁師の家に生まれ育ち
幼なじみの友達だった
月夜の浜辺で別れた時に
抱きしめてくれた人だから
真夜中のタクシードライバー
私のいとしい人
無口なタクシードライバー
私の思やー小
博打やゴルフなんて大嫌い
泡盛飲んだら踊りだすの
太陽みたいに輝いて
ごろんと牛になって眠るのよ
都会の夜をさまよいながら
島唄寂しく泣いてるだろう
あなたが一節歌ったら
百年の友だと思うはずよ
真夜中のタクシードライバー
私のいとしい人
無口なタクシードライバー
私の思やー小
それからなにげなく聞いて欲しい
都会の道で迷ってないか
徹夜の仕事で無理してないか
惚れた女がいるかどうか
私を遠くで待たせたまま
こっそり浮気をしてないか
疲れ果てて飲んだ時に
博打や女で遊んでないか
真夜中のタクシードライバー
私のいとしい人
無口なタクシードライバー
私の思やー小