読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

磯崎新の「都庁」

おもしろくて一気に読んでしまった。書名が示すとおり、磯崎新による東京都庁新宿移転設計コンペ案をめぐるノンフィクションであり、当然ながらそこには磯崎さんの師匠であり、コンペで一等を勝ち取った丹下健三の姿が常に現れる。
僕がもっと若かったころ、ちょうどこの本で描かれる新都庁コンペを勝ち取ったころの丹下さんは、老害以外の何者でもないと評される人物だったように思う。21世紀になってからはモダニズム再評価の流れで丹下さんのマスターピース、東京カテドラル聖マリア大聖堂や代々木体育館を認めるのに抵抗のない向きも多いと思うけれど、80年代ポストモダニズム華やかなりしころの評価というとそんな感じだった記憶がある。新都庁についても、終わったジジイが出来レースしくみやがってと不評ふんぷんであった。
ただ、この本で描かれる丹下さんはわりと魅力的なのね。戦前の大東亜建設記念造営計画設計コンペにはじまり、常に国家・時代の求めるもの、そして師匠である岸田日出刀に忠実であった丹下さん。しかし1963年の東大教授就任、64年前後の傑作の連発、70年大阪万博の総合プロデューサーと、名実ともに頂点を極めた60年代が去った後、いつのまにか日本で必要とされなくなって中東・東南アジアが主な活動の場となる。しかしバック・フロム・ヘル、80年代になって盟友・鈴木俊一都知事の新都庁設計コンペに参加した丹下さんは「ぶっちぎりで勝とう!」を合言葉に、かつてのみずからのバックボーンであるモダニズムを捨て、ポストモダンへのすり寄りを見せてまで、勝利に執着するのであった……。
ま、話はそんなに単純なわけがないし、ちょっとドラマティックにすぎるんじゃないのというのはあるけれど、それに対する磯崎さんの描写がぜんぜんふつうなのがおもしろい。むしろ単なる腰痛持ちの人である。磯崎さんサイドの記述の中心になるのは、人間ドラマではなく、設計案そのものである。本命である高層2棟案での自分の勝利を確実なものとするために、丹下さんが高層1棟案の可能性を都との質疑で潰したあと、磯崎さんが取り組んだのはそのどちらでもない低層案だった。この低層案がどのようなものであったか、ありえたかもしれない新都庁の姿をイメージする試みが中心となっている。
正直いうとこのへんはちょっと物足りない感があったというか、磯崎さんとその周辺からの聞き書きおよび当時の資料にもとづいた解説にとどまってるからね。リゾームとか云われてもニューアカ育ちのライフはとっくにゼロよ! 現在の視点から磯崎案はどう映るかについて、もうちょっときびしい突っ込みがあったらなおよかったです。まあ、ラストのあたりのお台場フジテレビ社屋(丹下さん設計)を見たコールハースのボケあるいは意地悪なひとことに、そのへんは集約されるのかもしれないけど。
しかし、この本のサブタイトルを「戦後日本最大のコンペ」としたのはうまいなあと思う。単純に規模の面からいっても、社会におよぼしたインパクトからしても、新都庁設計コンペは日本建築史上最大と表現してもおかしくない。けれども、それ以上に磯崎さんと丹下さんの師弟対決は、いまはもう終わってしまった戦後という時代の総決算だったということなのである。読み終えたあとに、書店で巻いてもらったカバーをはずして装丁を眺めるうち、こんなふうに得心がいくサブタイトルのつけかたっていいですよね。

磯崎新の「都庁」―戦後日本最大のコンペ

磯崎新の「都庁」―戦後日本最大のコンペ