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育児はむだでできている

きのうは暖かったし自転車で出かけたのでした。曽根崎の「ようび」でうつわを買って、北新地の「とき」でそばを食べて帰宅。書いてみてcalo寄るのわすれてたなーちくしょう。先週末に妻のリクエストでつくったそば粉のガレットを娘に食べさせたらなーんもアレルギー上もんだいなかったので、娘のそばデビューだったというわけ。ひさしぶりだったけど、ほんとにときのそばはうまいなー。娘もおいしいねーってつるつる食べてたけど、とちゅうから「おうどんたべたい!」と叫んでいました。そばの名店でどんな罰ゲームだ。
娘も4月には3歳、ようやくこんなおでかけもできるようになってきたわあ……というところにまた妊娠でふりだしに戻るというのも、なかなかせつない話である。もちろんおとなの自由時間をある程度ささげる以上のものを、僕が娘から受け取っていることはいうまでもないのだけど、冷静にかんがえると育児にはむだが多すぎるような気もする。僕が娘、そしてこれから産まれてくるこどもの育児で得た知識は、それ以降まったくいかす機会はないのである。えっなにそれ。
そもそも現時点でもいかされていない知識はじつに多岐にわたる。ミルクのつくりかただって練習したのに、完母でいけてしまったものだから僕にミルク調製の機会が訪れることはいちどもなかった。いかす機会が訪れないのはラッキーなことではあるけど、ときおり頭のなかで窒息やひきつけのときの対応をシミュレーションしておくのも飽きてきた。それらも含めて、人が育児で得るスキルというのは、どこかの時点でえいやっと闇に葬り去られてしまうのである。学校での勉強なんて社会に出たら役に立たないとか吹き上がるひとびともいますけどね、この育児スキルの行く末の無慈悲さを知ってからものを云えと説教してやりたい。
くやしいので、なんかこの育児スキルを転用する道はないものかと考えています。父親になった宮台氏が「ナンパ技術は育児に役立つ」とあいかわらずきもいことを云っていたのを思い出して、逆もまた真なり、育児スキルはナンパに役立つかもと考えてみることにしました。ただしそのころ僕は五十路にずぶずぶ踏み込んでいるはずですが。
でもたぶん、そんなほかに使いみちのない一回性によって、子育ての日々はあざやかなアウラに満ちているんでしょうけどね。