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かるた

週末は妻の実家を訪れ、妻や娘たちの顔を見てきましたよ。妻はおなかが引っ込んで、次女(JJ)はひとまわり大きくなっていた。そして長女(CJ)は、おそろしいほどにかるたスキルが上達していた。
や、もともとは保育園のはな組でかるたブームが沸き上がっていたわけで、CJはそのなかでもかなりの中心人物であったのです。迎えに行っても「まだ」と、かるたが一番終わるまでおとうさんは待たされる始末。そんで帰りみちに、しおまねきだとか、あきあかねだとか、じぶんの得意な札について熱弁をふるう(生きものかるたらしい)。JJの生誕直前は、そんな具合であった。
そんで生まれてから、保育園を一カ月ほど休んで妻の里帰りにくっついていくことになったので、はなむけに「ぐりとぐら」のかるたを買い与えておいたところ、もう朝から晩までかるたやってるらしい。ふとってふくらむ ふうふうおもち。はいっ。えりまきまいた えきちょ……。はいっ。りすのリュ……。はいっ! 僕は読み人も兼ねているので、読んでいる途中で札をとるわけにはいきません。けむしがあんだ けいとのはらまき。そんな父をふびんに思ったか、「け」は「けんじ」の「け」だからおとうさん取っていいよと、なぜか上から目線のCJ。優しさなのか、それは。
しかし懸念されるのは、こどもの流行は移ろいやすいということである。3週間後に大阪に戻ってきて保育園に復活したとき、すでにかるたブームは跡形もなくなっている可能性は大いにある。ひとごとながらそういうのってすごく寂しいというか、いや、おとうさんもわりと鈍くさいほうなのでそんな光景にはしばしば直面してきたのであった。えー、きのうまであんな楽しく遊んでたやんか……。CJはそんなこと頭に思い浮かべもせずに、きょうもかるたに励むのだろうか。帰りみちの車を飛ばしながら、よしっ、そんなことになっても僕はいつでもかるたを読んであげるからなと心に決めたものの、たぶんCJだってあっさりかるたのことなんて忘れちゃって、いちばん鈍くさくて、いつも置いてけぼりを喰うのは、やっぱりおとうさんなのだ。