町に暮らすこと

前田愛の「都市空間の中の文学」(ISBN:4480080147)。読みはじめてすぐに、内部/外部だとかのけっこう安易な図式化、構造化が目についたので、これはちょっと用心しないとなーと身構える。だけど、江戸の時間/文明開化の時間という構造を措定しながらも、時計塔の浸透を軸にそのあわいを人々がどのように生きていたかを丁寧に書いた「塔の思想」に至って、これはおもしろいやと本腰が入ったのでした。
読み終えてから、東京に暮らしていたときにもっとあちこち出かけてればよかったと思う。そのころは現在に増して出不精だったので、中野区(住んでいた)、新宿区(大学があった)、渋谷区(就職した会社があった)の3区で僕の東京生活は80パーセント以上カバーできるんじゃないだろうか。明治期の東京の話をされても、いまいち実感としてわかるくらいの土地鑑てないんですよね。
ところで現在僕が暮らしている大阪という町、最近になってお気に入り度が増している。引っ越してきたのは結婚がきっかけだったから、身の回りの環境の急激な変化に自分をアダプトさせることが優先されて、暮らしはじめた町にまでなかなか手が回らなかったというのが正直なところ。4年近く経ってようやく興味が出てきて(遅い)、町を歩いたり、大阪についての文章を読んだりすることがとても楽しい。
これまで暮らした東京や京都とちがうところは、町が抱える要素として大学があんまり重要ではないというところです。学生(ヒマ人)のたくさんいるところに文化が生まれやすいというのは一般論としてそれなりに正当性があると思うし、僕も大阪という町にはそんな意味での期待はあまりしていなかったんだけど、どうやらそれは偏狭な考えだったらしいと反省しているところ。過去の商都としての繁栄を背景に、大阪には商人や勤め人が支えてきた文化があって、それはいわゆる大阪に対するイメージに反してスクエアかつ洒脱なもののようなんですね。このへん、人によっては何を今さらって話だし、僕も大阪のモダンていうものに知識がないわけじゃなかったんだけど、なんとなく実感できるようになったのはわりと最近のことです。
いま読んでいる「ぼくは豆玩」という本はグリコのおまけ係だった宮本順三の回想記で、ここでも宮本さんはたとえば中之島洋画研究所で鍋井克之の指導を受けて、後々までおつきあいを保ったりしている。そんで鍋井克之にグリコのおまけ社外審査員になってもらってんのな。そういう市井の人々と遊離しない文化のかたちというのが、ちょっと新鮮なわけですよ。それに中之島洋画研究所の前身である信濃橋洋画研究所跡は、家から歩いて10分もかからない近所だからすごい身近っぽくて、そういうのも適度に狭い大阪の町のいいとこなのかもしれない。