どうで死ぬ身の……

夜遅くなって帰宅して、妻が作ってくれていた夕食をちらりと覗くと、フライパンの中にあったのはチキンライスのようにケチャップ色をした炒めごはんだった。それを見てすこしドキリとしたのは、このまえ西村賢太の「どうで死ぬ身の一踊り」を読んだから。

しばらくすると、女がトコトコやってきて、
「チキンライス、できたよ」と声をかける。
「いい、いらねえ」
「なんでよ。お腹ペコペコなんでしょう」
「うるさい。おまえが全部食え。何がチキンライスだ。チキンなんて入ってやしないじゃないか」

ひさしぶりにここまでしょぼい科白が出てくる小説を読んだ気がするなー! ほかにもいろいろ名科白がある。「便座上げとけって言ってんだろがっ!」とか。ダメ男ということだけなら、そんなものが出てくる小説はたくさんあるんだけど、そのダメさが作者の想定内を超えてしまって時折現れるとまどいがおもしろい。一緒に暮らしていた女が逃げ出してしまった後、主人公は女が残していったぱんつを広げて匂いをかぐ。まあこれじたい花袋の引用だといってもいいと思うけど、主人公がそれで自慰をはじめてしまうというのはちょっといただけない偽悪趣味というか、とてもつまらない文学趣味だと思うのです。そういうのはダメとはいえない。しかしそれでは終わらなかった! その後、女性と仲直りした主人公は、君のいないあいだこんなことしちゃったテヘ…というつもりで事を打ち明けてしまう。

「だって、ぼく寂しかったんだ……」
「寂しきゃ、あたしのパンツで変なことしてもいいって言うのかよっ! あんたバカじゃないのっ」

いやーいい。男のダメさはこういうのじゃないとね!
そうそう、うちの妻が作ってくれた今日の夕食はチキンライスじゃなくて、タコライス風炒飯というものでした。もちろん肉は入ってるし、上に目玉焼きだってのってたんだよ。

どうで死ぬ身の一踊り

どうで死ぬ身の一踊り