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父と娘の土曜日

いや、まだ産まれてませんよ。
よつばと!」について読んだことのない妻と電話で話していたら、わーん!お母さんいないんじゃん……といじけられたので、慌ててフォローするはめになった。いわれてみれば、妻の云うとおり、「Papa told me」とおなじような父と娘の物語ではあるはずなんだけど、そういう見方はまったく頭になかったんだよなあ。
よつばの父ちゃんは(おそらく)結婚したことはなく、まったく他人のよつばと一緒に暮らしているという設定に対して、知世はお父さんにとって亡くなった妻の忘れ形見なので、そのあたりの親子関係の密度のちがいというのもあるかもしれない。でも、それ以上にちがうのは、父と娘をとりまく周囲の人間の描きかたによってもたらされる、ふたりの関係性じゃないだろうか。
Papa told me」において世間のひとびとは、しばしば押し付けがましい存在として描かれる。それは端的にいえば「普通であるべき」という圧力なんだけど、これがあるために知世とお父さんはお互いが最大の理解者であるという束縛から抜けられず、依存しあう関係におちいっている。一方、「よつばと!」は、悪い人が出てこないマンガとよく評されるように、よつばと父ちゃんは誰からもじぶんたちの身を守る必要がない。ごく自然にスムーズに、「きょうも世界はひろがっていく」(6巻オビの惹句)のであり、この開放感のちがいが、「よつばと!」を父と娘の物語というカテゴリーにとどまらないものにしてると思うのです。
もっとも、「Papa told me」を閉鎖的な父と娘の物語であるとして好まない読者は多いけれども、それもまた極端な意見でしょう。そりゃあ僕だって、父・信吉のモテる小説家という存在の仕方には頭にくるけどさ、すくなくともその父娘の関係は限られた時間のなかでしか成立しないという自覚がもたらすくらいの物語の奥行きはあるわけなんだから。なにより、瞳の描かれかたが格段の進化をとげた80年代において、きっちりオリジナリティを獲得した榛野なな恵の漫画家としての功績に目を向けることなく、キャラクターの構造だけをあげつらうってのはどうかと思うなあ。

よつばと! (6) (電撃コミックス)

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Papa told me 27 (ヤングユーコミックス)

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